1988年 F1イタリアGP
1988年のF1で、マクラーレンは16戦15勝という大記録を打ち立ててました。
そのマクラーレンが唯一星を落としたのが、イタリアGPです。
この年のF1はNA化が押し進められる過渡期であり、マクラーレンとフェラーリはシーズンをターボエンジンで戦いますが、マクラーレンと比べてフェラーリの分は悪く、サンマリノGPに至ってはマクラーレンの2台がフェラーリを含めて全車周回遅れにするという離れ業をやってのけ、フェラーリとマクラーレンの性能差は目に見えて明らかになりました。
8/14にフェラーリのオーナーであるエンツォ・フェラーリ氏が逝去します。
チーム間の車の性能は劇的には埋まらず、そしてオーナーを失って悲嘆に暮れたまま、フェラーリは地元・モンツァサーキットで9/11のイタリアGPを迎えます。
ここでもフェラーリに差を付けるマクラーレンですが、決勝は途中でプロスト選手がエンジン起因で止まり、セナ選手の背後にはベルガー選手が4秒後方まで迫っていました。そしてセナ選手もウィリアムズのマンセル選手の代役で出走していたジャン=ルイ・シュレッサー選手をラップしようとして接触してしまい、リタイアとなります。今映像を見てみると、シケインで何焦っていたんだろうなセナ選手という気がしましたが、フェラーリ陣営のプレッシャーがセナ選手に届いたのかもしれません。
縁石に乗っかり身動きが取れずリタイアしたセナ選手のマクラーレンを横目に見て2台のフェラーリは通過し、残り周回を無理せず消化して、1-2フィニッシュを達成します。
優勝はベルガー選手。2位となったアルボレート選手はファステストラップを叩き出します。まさに故・フェラーリ氏に捧げる勝利とその走りであった、と。
F1はドラマだというのをハダで感じた最初のレースであったと思います。
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