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2009年9月 5日 (土)

ジャパンカート10月号

Jk0910先月のK-TAIや佐藤琢磨氏のカートイベントなど、楽しくて面白い記事がいっぱい載っていましたが、10月号の印象に残った記事は「ロングの"Forza!!モータースポーツ"」でした。

フェラーリのマッサ選手がハンガリーGPで事故に遭い、代役にM・シューマッハ氏が起用されそうになったことに触れて、そこから100年前の南極点に到達一番乗りを果たした故アムンゼン氏を引き合いに出します。

世界で最初に南極点一番乗りを果たしたアムンゼン氏ですが、その後どうしたかなんて話は聞いた事が無く、私が故人のその後を知ったのは、恥ずかしながらロングさんのこの記事でした。
やっぱり冒険家なのか、故人は南極を後にした後も北極圏に航路を開くなど未開の地を切り拓く活動をしていた様です。
しかし、活動から引退して間もなく、北極圏航路を一緒に拓いた旧知が遭難し、助けに行ったところ故人はそこで命を落とします(旧知は流氷に乗って漁船に救助された)。

ロングさんは、フェラーリの危機を救うべく立ち上がったシューマッハ氏が、旧知を危機を救うべく助けに馳せ参じた故アムンゼン氏とダブッた様です。ロング氏の記事を読むと、確かに私もそんな気になります。

また、1982年シーズンのフェラーリのドライバー、ディティエ・ピローニ氏とジル・ビルヌーブ氏(ともに故人)の関係を引き合いに出し「戦いの最中ライバルを失って自分一人が生き続けて引退する事に違和感を感じていた?」とも。

シューマッハ氏に対してそのポジションに居るのは故アイルトン・セナ氏。
もしも、セナ氏が存命していて「いやー君(シューマッハ氏)には脱帽だよ。ボクももう潮時なのかな」なんてシューマッハ氏に声を掛けていたら、どうなっていたか、ということでしょうか。シューマッハ氏がチャンピオンを毎年獲得するするくらい勝利への執念を燃やしたかどうか……?

アムンゼン氏も、スコット氏がもしも生還していたら、同じ南極点を目指した者同士今度は他の極地での開拓バトルでも相見えて、あるいは遭難者捜索では共闘していたかもしれません。それはそれでカッコいいですが、少なくともアムンゼン氏は再び極地に一人で向かう程駆り立てられるものは無かったか、とも。

ライバルを喪失した際に生まれた穴は、多分一生掛かっても埋まらないんじゃないかなという気がします。

だからこそ、ライバルは良き友人になれるのかもしれません。命をケズる様な競技に身を置きライバルと競って研鑽し、引退した時に「ヤツが居たからここまで来れた」というセリフを誰かが発したとしたら、それは本音じゃないでしょうか。
その空間・その瞬間を丁々発止しつつシェアした人達だからこそ、喪失感は大きく、ともに生き抜いた時の達成感は共有出来るかけがえの無いものになると思います。

それにしても、レーシングカートの雑誌でまさかアムンゼン氏とスコット氏の話が取り上げられるなんて考えてもいませんでした(^_^;)。
ロングさんは博学だな〜。

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