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2010年11月11日 (木)

赦す、ということ

先日、ナルトの最新刊を読みました。
自分の心の深層が顕在化する滝でナルトは意識の奥底にあった自身の不遇から来るわだかまりを自ら解きました。
「昔はいろいろあったけど今は違うんだし、もういいじゃん」という「赦し」が不思議に印象に残ったエピソードだったと思います。

私も、学生時代はあまり家が裕福でなかったことや、あまり人に強く何かを主張できない時期があったりして、何で自分ばかりこんなことに気を使わないといけないの〜とか、自分は皆の都合でしか声掛けられない存在なのかな〜とか、クヨクヨと悩んでいたコトがありました。

正直に言うと、岩手で過ごした10年は、何もいいことが無かったと今でも思っています。

時間は22年流れました。社会人になってから趣味を共有できる仲間達とめぐり合い、マンガの話で意気投合してバカ話して土曜の夜を過ごし、サッカー観戦で九州や北海道まで飛んで歩き、レーシングカートも息子と一緒にどうやったら勝てるのか一生懸命考えてじたばたもがき、そうやって時間が経ってました。

先日、中学時代の同級生から同窓会の連絡を貰った時、一番最初に思ったのは「面白そうじゃん参加しよっかな」でした。
……何といえばいいんでしょうか、振っ切るとかいう大げさなものじゃなくて、忘れちゃってる、というのが近いかもしれないです、22年の間にいろいろと何かしているうちに。
私をからかっていた人に対しても「そんなこともあったねぇw」「もういいじゃん昔の事なんだし気にすンなよな」で笑いあえる様な、そんな感じです。

例えば学生時代にからかわれたことがトラウマになるケースもあるかもしれません。
アイツを見ると昔のことを思い出して非常に不快な思いをする、ということもあるかもしれません。
今思えば何であんなコトしでかしたんだろう、とイヤな気分になることもあるかもしれません。

ただ、そこに囚われてしまったら、自身の心は育たず、ストレスの克服も出来ず、そして自分がどう在りたいかも見えなくなっちゃう。

「赦す」ということは、過去のわだかまりから自分を解き放つ、大事な心のアプローチだと思います。

同窓会に参加したら、
私のせいで嫌な思いをしたことがある人に会ったら、心から詫びて謝ろう。
私が嫌な思いをした人に会ったら、笑って赦そう。

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