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2011年3月19日 (土)

日常が維持できないストレス

おはようございます。
昨日は12:30に会津を出発し、20:30に家へ着きました。R121→R400→R4→新4号→外環→環八→第三京浜。
一番困ったのは新4号で、特に埼玉県内に入ってから給油渋滞が何カ所かで発生して物凄くペースが落ちました。
一方、渋滞を覚悟していた環八はびっくりするほど車が走っていなかったです。
休憩と渋滞が無ければいつもの6時間コースで家へ辿り着けたかも。

震災後に店頭から食料品や電池などがあっと言う間に消え、補充されても次から次と無くなり、首都圏はついには電気も行き渡らなくなる時間があったりして、現状は辛いものがあります。
生活のペースを見えない何かに握られている様な。

皆そうかもしれませんが、私は自分のペースを乱さるのが一番イヤです。
こんな大きな出来事があった後ではありますが、それでも普通に三食を事業所内食堂で食べて、風呂に入って寝たいのです。
なのに、ライフラインに影響の無かった会津若松でさえ、自宅待機で事業所内に入れない故、雪の降る中を歩いて15分先のコンビニ行って、行ってもメシの類は売り切れで、近所のラーメン屋で20分待ちでラーメンを食い、寮に戻れば重油のストックが無いからとシャワーだけにされ、節電だからと消灯時間を早められ、寝ている時もスチーム暖房が無く、余震で何度も夜中に目が覚め、朝はくしゃみで目が覚める……。非日常です。

震災の影響を受けた人たちからすれば十分恵まれているのは判っています。死なない程度に生活出来てンじゃん、何だかんだで三食食えてンじゃん、まがりなりにも布団で眠れてンじゃん、と。
でも、特にコンビニにモノが無い時「普段何にも準備していないヤツがこんな時に限って何困ったフリしてやがンだ」というどす黒い考えがアタマをもたげ、葛藤し、これを繰り返して結構なストレスになります。

なので、横浜に「逃げて来られてよかった」と今思っています。電気やコンビニの状況は皆と一緒ですが、自宅には寮に無いマンガや雑誌の類と、気温の暖かさがあります。
ストレスが少しでも緩和出来る場所は本当に大事です。
逆に、週末会津に戻ることを考えると胃が痛くなります。

わがまま書いていると思います。でも「しゃーねーじゃん」って思い続けるのにちょっと疲れました。

とりあえず、3週分の週マガとゼロサム、フラワーズと結界師読んでふとんにくるまっています。
車検でGSに車を納めに行くのは、その後。
横浜に残留するこの3日間で、私の心が健全になります様に。

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コメント

うちも同じような葛藤ありましたが、結局「自分の信じた行動をする」に行き着きました。
被災者の方から直接言われたのならともかく、そうでない人が自分の考えで言ってるだけであれば、受け入れられない意見は無視すればいいし、賛同できることなら、無理をしない範囲で行動すれば良いと私は考えてます。

節電、省エネは大切だと思います。
でもそれって、震災前からずっと言われ続けてたことですよね。

震災起きた・原発が駄目。だから節電、省エネしろ。
協力する。だから暖房切って厚着しまくって家に閉じこもる。

それをいつまで続ける?
それで自身の心身崩したら意味ないですよ。二次災害です。

昔から言われているように、設定温度を下げる。急加速・急発進をしない。使ってない電気は消す。
そういう普通のことを皆がすれば、問題解決に近づくと思うのだけど。

相変わらずの理想論ですが、そういう考え方もあるよという参考になれば幸いです。

投稿: Macha | 2011年3月19日 (土) 11時09分

私も商品が並んでないコンビニを見るのが嫌だったので
震災の数日間はほとんど外に出ませんでした
幸い一週間過ぎた辺りで、普段の生活にもどりつつあります。

一時期、為替取引をやってた時期があるのですが、
経験的に得たことは、アメリカの超大手企業でも
平気で嘘をつくんだなぁということです
東電が情報を隠蔽してるということを言いたいのではなく
テレビに出てる評論家の意見が左右のメーターを振りきって
何が正しいのか分からない状態というのは
免疫が無い人には相当ストレスだと思いますね

投稿: やさそぱちょん | 2011年3月19日 (土) 11時37分

近所にローソンストア100(旧・SHOP 99)があるのでよく行くんですが、外看板は点灯せず、中も蛍光灯半分。
棚も食品を中心に全くなかったり、あるいはまばらだったり。

でも、何かこういう体験あるなあ、と感じていたら、30年前の街の雑貨屋とか食品店がこんな感じだった記憶が。
薄暗い店内にまばらに物が置かれる様子とか、奥の壁の薄暗い店なんて、何十年ぶりにみたことか。

東京深川でも、こういう店が30年前は結構あったものです。中には裸電球がいくつかしかないような店も。
(んで、味噌や漬物の臭いが充満したりとか)

それを思い出すと、そんなんでも俺達暮らしてたじゃん、って。

色々と考えさせられる今日この頃です。

投稿: 大谷田橋 | 2011年3月20日 (日) 00時33分

おはようございます。
車検のために車を運んだ以外、家でマンガ読んで寝ていました。かなり精神的に落ち着きました。

→ Machaさん

我々はネットという武器や防具があるのだから、そこから正確な情報を引き出して当たり前のことを当たり前の様に行っておくべきですね。
電気はこまめに消す、必要な電気設備以外の待機電力は完全にカット、買い溜めしない、デマに踊らされない、などなど。結局はソコへ帰結すします。
普段から何の備えもしていない人たちが、使い切れもしない電池を買い込んで、お米を20kgの袋を2つ抱え、ティッシュペーパーを5箱も6箱も持っていく。いざという時のために、のいざ、は今でしょ?今買ってたどうすンだ。
私も、自分の信じた行動を取る様にしたいと思います。少なくとも私はああはなるまい、と。

→ やさそぱちょんさん

普段通りの生活が戻りつつあるというのは非常に有り難いことだと思います。
食料品や物品が必要なところにカラの棚を見せつけられると気が滅入るのはよく判ります。
いろんな情報があって、最終的に判断するのは自分、というところまではいいのですが、情報を精査してギリギリのポイントに落としどころを見つけることを皆行っていないんじゃないかと思います。買い占め連中や、普段乗りもしない車にここぞとばかりに満タンにする連中を見ると特にそんな感じになります。最高の結論(こンだけ有ればしばらく保つだろ)ですけど最低のロジック(必要最低限の使用数を検討すらしない)ですよね。

→ 大谷田橋さん

今のコンビニの雰囲気は、節電の影響と品薄な棚から、昔の商店チックな感じが醸し出されていますよね。かつてはそうであっても何とも思わなかったのに、今同じ状況を晒されると不安感をかき立てられる人がいるというのは、いかに我々が物品に満たされた生活を送って安心していたか、と考えさせられます。いつでもモノな入手できる環境に無いと不安でしょうがない、でも陳列棚には欲しいモノが満たされていない、という人たちが「安心を買う」ために買い溜めをするのでしょうか。だとしたら、その人達の心は本当にひ弱だと思います。
それは自身にも言えるコトですので、しっかり心を律したいと思います。

投稿: いぶき | 2011年3月20日 (日) 09時02分

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