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2011年6月 6日 (月)

まどかマギカで思ったこと

先日妙なことを口走ってしまったアレの基になっているのは、魔法少女まどかマギカに出てくるキャラクター「キュゥべえ」の勧誘の決めセリフ?です。

新聞の広告にもなったくらいなので結構興味はあったのですがなかなか観る機会が無く、先日やっとある程度観る事ができました。

各話や総評についてはいろんな人がいろんなことを書いているので、私から何か書くようなアレも無いのですが....一応書くだけ書いておきます。

1)戦う大義を見失ったらアイデンティティは崩壊する?そうではないと私は思うのだけど

戦うのに何か大義が無いとダメかといえば、私はそうではないと思います。
例えば格闘技は、対戦相手に打ち勝つという目的と同時に、純粋に自分が強くなるという達成感が得られます。ネギま!のコタ君なんかがその典型で、彼は「自身が強くありたい」と思う少年です。
魔女と対峙する魔法少女らの想いは色々とあるでしょうけど、何で自分は戦うのか、ソレを見失うと疲弊する一方で、最後はアイデンティティの消失となります。彼女らが、戦うことは使命だとか運命だとか仕方ないとか感じるのは結構ですが、戦いを終えて使命を一つ果たした....という達成感を彼女らが見出せれば、まだ前向きな話が期待できそうなモンですけど。
まぁその彼女らの葛藤で生まれる膨大なエネルギーが得られるからこそキュゥべえやそこに繋がる存在があるワケですが....。
画面上の彼女らの戦いは、どこからかデス・マーチにしか見えなかったエピソードがありました。鬱進行とか書く人が居るのも解る気がします。

2)一つの願いを叶える為のリスク→それが若さか

この作品の魔法少女は「一つの願いを叶えてもらう代わりに、人に害為すもの(魔女とかですね)と戦い続ける」という、高いリスクを取らされます。
いつ頃の仮面ライダーだったか....仮面ライダー龍騎だったかな?仮面ライダー同士のバトルで、自身の欲望を叶える為に仮面ライダーが他の仮面ライダーと戦って、最後の一人になるまで戦い続けるというものですが、反故にされるとはいえ明確なゴール(=最後の一人、つまり勝利者となる)があるものの、まどかマギカの魔法少女らには明確なそれがありません。ゴールが見えませんし、有るとすればそれは自身の消失です。
普通は在り得ない状況でしょう。少なくとも私はそのリスクは取りません。別の選択肢を探します。
しかし、彼女らは様々な理由からそのリスクを取って戦い続けます。
例えば私がそれをこの年齢(41歳です...ははは)でやっちゃったら「判断が若いな」と諸先輩に窘められると思いますが、中学生の彼女らはそれが許されます。
サッカーでいうリスクとは、勇気を持ってチャレンジすることを意味します。彼女らの契約はその意味でのリスクであったと思いたいです。

グダグダ書きましたが、また何か思いついたら書き足し...するかな?わかりません(^^;
最終話のまどかの存在に関しては、書き直してもうちょっと整理します。

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コメント

 他人の感想に物云うのも無粋と云う物ですが、ナンでもこの記事の参考になったのが私のレビューの様ですしwww

1) 魔法少女が戦う理由
 いあ、別に良いんですよ、バトルジャンキーが「自分を鍛えたい」「自分より強いモノが居るのが許せない」なんて理由で戦うのは
 ただ、魔まマでそれに近い発想をしているのは杏子だけぢゃないかなぁ…と
 マミは「自分が死ぬ間際の所を助かる為に」、さやかは「想い人の障がいを取り去る為に」、ほむらは「自分を認めた親友の助けになる為に」魔法少女になった訳で
 まぁ最後のほむらについては、魔法少女として魔法を使う必要がり、その為には魔女を倒して手に入るグリーフシードが必要…と魔女を倒す理由がある訳ですが
 マミ・さやかについては、魔法少女になった途端その願いは解決された訳で、それ以上に戦う具体的な理由が見当たらなかった…と云う事です
 純粋な正義感(人に仇成すモノを倒す)ってのも理由ではあるんですが
 しかも、命を掛けて…ですしねぇ
 自分が死ぬかも知れないし、死ねば周囲で悲しむ人が居る事をマミの件で判ってる筈なのに…とね

2)仮面ライダー龍騎に目を付けるとは流石^^
 云われてみれば好対照です
 龍騎は「戦い抜いて最後の一人になったら願いを叶える」で魔まマは「願いを叶える代わりに兎に角戦え」なんです
 つまり、願いが叶う順序が全く逆なんです
 命を掛けても叶えたい願いが有る…その為に命を掛けて戦う、コレは問題ない
 しかし、命を掛けても叶えたい願いが叶った…となれば、その後命を掛ける必要は? と思うのです
 命を掛けてでも…とは云っても、その願いが叶った後に自分も生き残ってるのがベストですよね? なぜその状態になったのに、これから命を掛けようとするのか…
 この辺りの説明が無いので、私としてはしっくり来なかったのです

 長々と申し訳ない

投稿: 毘沙門天松茸 | 2011年6月 9日 (木) 14時35分

→ まったけちゃん

こんにちわ。コメントありがとうございます。返事遅くなってすみません。

1 ) 魔法少女が戦う理由
結局、バトルというものは自分自身のためのものであり、そういう状況に置かれてしまったとはいえ妄信的な義務感や正義感だけで戦い続けるのは疲弊するだけなんですよね~。
少し退いた目で見ると、このアニメーションは、頑張って得られるものを先に得てしまうとこういう状況に陥るという、ステレオタイプのヒーロー・ヒロイン的アニメーションに対するアンチテーゼなのかもしれませんし、視聴者に対して先を読ませないための「逆張り」を行った過程なのかもしれません。
だからこそ、先に願いを叶えてしまって、先の見えない・自分を消耗してしまう戦いに入ってしまった彼女らに、一つ一つの戦いで達成感を得られる様な仕組みが目に見えれば、ハタから視ている私には多少の救いが感じられたのかなー、と。


2 ) 願いが叶う順序が全く逆
魔法少女に限らず、アニメーション内のヒーロー・ヒロインが戦い続ける理由のその先のゴール、普通に考えれば「願いが叶う」というニンジンがあればそれを口にするために戦い続ける、という動機付けがあると思います。それがあるから彼ら彼女らの活躍に意気投合できそうなものですけど、このアニメーション、魔まマに関しては「先払い」されているのが、消化不良というか感情移入できない理由なのかなーという気がしてきました。まったけちゃんの「しっくりこない」感じと、言葉は違えど感覚は一緒だと思います。

よく考えてみたら、このアニメーションって従来のヒーロー・ヒロインものと考え方がまるっきり違うので、作品の各エピソードの整合性を取りつつ1クールで完結させるのってよほどストーリーを練り混まないと巧く出来ないですよね。視聴者にタネ明かしをする順番すらも段取りの内なんでしょうか?
凄いと思います。

私は作品が完結した後の結果論に近いところから感想を書いていますが、エピソードが続く最中にあそこまで簡潔に解りやすく「起こっているコト」「これから起こり得るコト」をまとめたまったけちゃんは流石です。

投稿: いぶき | 2011年6月11日 (土) 13時13分

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