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2011年8月14日 (日)

週刊新マンガ日本史 39号「白虎隊」

61vmzknz2dl_sl500_aa300_今回、新マンガ日本史で取り上げられた人物・団体は「白虎隊」です。描き手は森山大輔氏です。
個人ではなく団体がクローズアップされたのは、ひめゆり学徒隊(マンガ日本史49号)以来じゃないかな?

白虎隊が飯盛山へ辿り着いてから、落城までを戦う山本八重子(後の新島八重)を描いています。

ティーンエイジャーである彼らの組織力と士気の高さと会津藩士として誇りを持って自ら命を絶ったことが美談となり、白虎隊は戊辰戦役の中で、会津戦争の悲劇の象徴となった……と私は理解しています。

一方で私が思うのは「どうして白虎隊は自刃したのか」という疑問です。
鶴ヶ城の城下町が燃えているのを本丸の延焼と誤認したが故の悲劇、とされていますが、お城に一人でも隊士を出して確認することは行わなかったのか、状況把握の甘さが引っ掛かるからです。

彼らには、旧幕府軍が劣勢であるという情報から始まり、母成峠の戦いを突破した新政府軍と相対した場でも劣勢時に投入されたことから、潰走しながらも飯盛山へたどり着いた時に城下町の火災を見て本丸陥落と見誤るバイアスが出来上がっていたんじゃないかと考えます。

少年ばかりであった白虎隊が終始一貫して組織的な行動を取れていたことは素晴らしいのですが、会津の志士として命を絶つ前にもう一つ何かアクションが欲しかったです。この作品中では飯盛山まで辿り着いた隊員達もケガや披露で疲弊し、もう動けないと悟ったことが自刃のトリガとして描かれています。
白虎隊隊員の思考が劣勢であるというバイアスに囚われ、屈したのを残念に感じます。

2008年のブログにも書きましたが、旧会津藩に代表される「賊軍」のレッテルを貼られた人たちの名誉回復は、戊辰戦争終結48年後の戊辰戦争殉難者50年祭(盛岡で開催)で、原敬の「戊辰戦役は政見の異同のみ」の一文を含む祭文にて成されています。

しかし、名誉回復が図られても会津藩が新政府側から受けた仕打ちは消せるワケが無く、資料に目を通すと外様の私でさえ目を背けたくなる様な、昏い気持ちになることもあります。
「戊辰戦役は政見の異同のみ」とはいえ、戊辰戦役後の会津藩士らの辿った生き様を読むと「政見の異同」という言葉程度で片づけられるにはあまりに厳しい末路が待っており、心が揺らぎます。

作品中の、篠田儀三郎の「我々が賊軍なら貴様等は何だ!?」という叫びが胸に刺さりました。

少し話は変わりますが、先の東日本大震災を受けて、萩市は会津若松市に義援金を手渡しています。

http://www.asahi.com/national/update/0402/TKY201104020272.html

地震がキッカケで、両者の歩み寄りは始まっています。
会津VS長州という対立はもう過去のもの、と言い切ることは今はまだ出来ないとは思いますが、それを遺恨の根元とせず、アングルとして維持していけば、例えばサッカーなら「絶対にあいつらには負けられない」というクラシコの様な関係は築いていけるんじゃないかな〜なんて勝手に思ってみたりします。お互いの街にプロサッカーチームが出来る頃には、そういう仲になっていればな〜、と。
……もう100年くらい掛かるかな?(^^;

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