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2014年10月 6日 (月)

クリスマス電球前

私は小さい頃からヒドい放浪癖があり、学校から帰った後に小銭を握りしめて当時の秋田市営バスに乗って秋田駅まで出掛けて、よく判らないところまで乗って行くなんてことがザラでした。

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(写真は拾いものです)

小学1年生とかの頃に、県庁市役所前から先はバスはどこに行くのだろうかと思い、秋田駅から出発して臨海方面行きのバスに乗り込んで、臨海十字路を越えたところの「クリスマス電球前」というバス停で途中下車しました。

クリスマス電球前と言っても工場のカベが並んでいるだけで、クリスマス電球なんてドコにあるんだよ〜とウロウロしたのですが見つけられず、バスが全然来ないので県庁市役所前まで歩いてそこからバスを拾って秋田駅まで戻った記憶があります。

こちらのサイトによると、その「クリスマス電球」というのはアメリカ輸出向けにクリスマス装飾電球を製造する「秋田輸出電球団地協同組合」通称「秋田クリスマス電球」の事らしいです。
地元就職の目玉の一つで、従業員の平均年齢が19歳(!)とか昨今の秋田では考えられないくらいフレッシュな職場だったみたいですね〜。

Xmasright

私が小学1年生だった1976年付近では既に秋田のクリスマス電球は撤退を進めていた様です。と、いうのも昭和48年(1973年)に日本が変動相場制に移行して、360円/$→308円/$と段階的に進んだ円高はこの年で260円/$となり大幅な円高になりました。米国市場で割高となった日本製の電球は一気に需要が減り、秋田クリスマス電球団地に残った工場は国内向け他業種に転換したため、電球を造るの止めてしまった様です。

昭和49年(1974年)に敷地の一部を隣接する「秋田いなふく米菓」へ売却してそのお金で管理機能の合理化・集約化を目的とした「秋田電機センター」を電球団地5社合同で設立したため、系譜は完全にここで途切れます。

バス停の「クリスマス電球前」はその後「大川反郵便局前」と名前が変わっています(今は「大川反」……かな?)が、これは工場の敷地の一部に大川反簡易郵便局が同じく昭和49年(1974年)に入居したので、その名残の様です。
私の記憶が正しければ、1976年時には既に電球製造を止めていたにもかかわらず、停留所の名はそのまま残っていたことになります。
電球なんて探しても見つからないのですけど、ロマンチック?なバス停名につい惹かれてしまったってことでしょうかね(^_^;)

いつか、まとめて時間を取って秋田市内を走るバスに乗って終点めぐりをしたいものです。
望郷未練でしょうかね?

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