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2018年2月23日 (金)

行き過ぎた庇護は護り手がその子を殺すのか

武装少女マキャヴェリズム、更新されています。

https://comic-walker.com/viewer/?tw=2&dlcl=ja&cid=KDCW_KS01000022011046_68

ノムラと争うために自ら揉め事を起こしてののと蝶華の手を煩わす千鳥。劣勢になったののと蝶華にとどめを刺す寸前でノムラが割って入り、千鳥から売られた喧嘩を代わりに買います。

ンで。考えさせられる言葉の応酬が2ページ続きます。

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考えさせられることは二つ。

一つは、護り手が庇護の対象をどう見ているか。強き者が庇護が必要な者を護ることは当然なのですが、庇護が必要な者が独立を試みた際に、千鳥の様に「余計なことしないで大人しくしてろ」と思うか「ケツは持つから頑張ってみな」と思うかでその後の二者の関係が大きく変わるのではないかということ。
前者についてはノムラの「経験上……」で述べられている様に暴力の矛先が庇護が必要な者へ向かう可能性があることで、突き詰めると昨今の児童虐待に繋がる思考の様な気がします。
○○には私が居ないとダメなんだ、という考え方は共依存だと思うのですが、千鳥のセリフからその一端が覗いて見える気がします。

もう一つは、おそらくノムラの生い立ちに関わってくる話になると思いますが「経験上……」の「経験」の部分。
コミックスの既刊で知られている様に、幼少時のノムラはノムラを預かった里親の下で剣の修行をみっちりと仕込まれます。体の傷を見る限り、虐待と言っても間違い無いのかと思われます。
ノムラには剣の才能があり、修行を積ませることでそれを開花させたいと考える里親の気持ちは解ります。しかし、もしもその開花するペースが里親の思い描くものよりも遅かった、もしくは結果を出せなかった際に過剰な「指導」があったのではないか。それが修行時だけでなく生活一般にも及んでいたと考えば「護り手の暴力が庇護が必要な者へ向かう」というノムラの言葉に重みが出てきます。

二つの「考えさせられること」を紐解くキーワードは「護り手のその力は誰が為のものなのか」です。
そしてこれはこのマンガに描かれる強者全てに掛かるもの(つまりマキャヴェリズム)だと思います。

多分来月はノムラvs.千鳥が決着するでしょうから、千鳥の心境の変化がどう描かれるか楽しみに待ちたいです。

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